2018年07月20日

“ウラン残土”リサイクルレンガが一般流通!?

『“ウラン残土”リサイクルレンガが一般流通!?』
◆[原発のゴミ]が引き起こす地獄絵図(4)

残土から作られたウランレンガ。1個90円
 原発だけでなく、核関連施設も“核のゴミ”の処分に困っている。昨年、相沢議員のもとに一通の内部告発文書が届いた。それは日本原子力研究開発機構の下請け会社の社員からで、そこには「会社から人形峠のウラン残土をリサイクルしたレンガを買うよう強制された。調べると、機構の幹部が会社に乗り込んでレンガ購入を打診し、会社が断れずに買った」と書かれていた。

 当初は希望者にレンガを買わせようとしたようだが、放射性廃棄物のリサイクルレンガを買う者はおらず、会社が費用を負担して社員に配ったのだという。

  膨大なウラン残土の処分に困っているのが、人形峠環境技術センター(岡山県)。ここでは長年、ウランの精練や転換を行ってきたが、’01年に事業を終了した。現在は、大型解体に向けての準備中だ。かつてウラン採掘をしていた人形峠では、採掘後に放射線を出す膨大な残土が残った。この撤去をめぐり、地元住民は裁判を起こし勝訴したのだが、この処理に困った機構は、09年からそれを土と混ぜ、レンガとして売り出していたのだ。

行き場を失ったウランの山が何と48万立方メートル!

人形峠のレンガから最大値0.35マイクロシーベルト/時と、通常値の約7倍の放射線を検出
 この人形峠では、毎時0.1マイクロシーベルトの低レベル放射性廃棄物は厳格に保管されているのに対し、最高値で毎時0.35マイクロシーベルトを検出したウラン残土をリサイクルしたレンガが通信販売や店舗で一般に売り出されている。放射線値の高いほうがなぜ一般流通できるのか?

 この疑問に、匿名を条件にして機構本部の職員が答えてくれた。

「簡単な話。低レベル放射性廃棄物は、『原子炉等規制法』で厳重な管理が求められますが、残土やレンガはその対象外だからです」

 ウラン残土は法の網から漏れていたのだ。そして、150万個ものレンガは内部告発のとおり、果たして機構内部だけで使えなかったのだ。

「やはり機構内部だけでは使い切れず、立場の弱い下請け会社などに押しつけているのでしょう」(相沢議員)

 ウラン残土処分の問題は、これで解決したわけではない。なぜなら、レンガになった残土は、全体の0.6%にすぎないのだ。人形峠周辺にはいまだに、今も放射線を出しながら総体積48万立方メートルもの行き場のない残土の山が存在している。

 もし線量が下がったらどう処分するのか?

 案内をしてくれた職員は「わかりません」と答えるだけだった。

 ウラン残土だけではない。人形峠には、低レベル放射性廃棄物がドラム缶で1万6091本、解体廃棄物の容器が1230基、さらに、11tが漏れれば、半径800m以内の人は即死と言われる六フッ化ウラン(劣化ウラン)が3843tも保管されている(’09年9月末時点)。

 解体廃棄物とは、施設で使ってきた機器、金属類や建材のことだが、当然放射線を浴びている。倉庫入り口でも毎時0.14マイクロシーベルトと、低レベル放射性廃棄物同様に扱わねばならない放射線が出ている。

 職員に「これがどう処分されるのか」と尋ねてみた。職員はこう答えたのだ。

「これは『核燃料物質によって汚染された物』との分類で、核廃棄物ではありません。通常の産廃として処分されます」

 これもクリアランス対象物としてリサイクルされるということだ。だが、どこに流れるのか?

 六フッ化ウランにしても、今まで11回、福井県の「もんじゅ」の燃料として60tが送られただけで、残っている数千tをどうするのか? いずれの質問にも、担当職員は「これからの議論です」と答えるだけだった。

 東京電力の福島第一原発、そして中部電力の浜岡原発。解体が実現すれば、東海発電所の数十倍もの規模になるこれら原発では、自社内の埋設やリサイクルだけでは間に合わないほどのさまざまな核廃棄物が膨大に発生する。

「これはおそらく氷山の一角です。もともと、“核のゴミ”を処分する方法を真剣に考えてこなかったツケがきています。今まで生み出したゴミだけでも、とても処分しきれない。低レベルとはいえ、行き場を失った放射性廃棄物がリサイクルされ、出回っていることは大問題です」(相沢議員)
https://nikkan-spa.jp/5976

<コメント>
作っている人も使っている人も被曝するウランレンガの購入を強要される。新聞社の「オシガミ」やヤクザの「おしぼりや観葉植物のリース」が可愛く見えるレベルです。
posted by Akamaru at 15:38| 大阪 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「受刑者の20%は知的障害者」 日本では刑務所が福祉施設化というリアル

「受刑者の20%は知的障害者」 日本では刑務所が福祉施設化というリアル

万人に開かれた「最後のセーフティーネット」はムショ

 中度の知的障害を持つ男性が、車のダッシュボードに置かれていた30円を盗んだ。裁判の結果、懲役3年の実刑判決が下った。この司法判断を、あなたはどう評価されるだろうか――?

 ***

速報狙われた「西日本豪雨」被災者 避難中の家屋に侵入する“火事場泥棒”被害

 男性は小学校低学年ぐらいの精神年齢。ある時、たまたま通りかかった車の窓が開いていた。見るとダッシュボードには10円玉が3枚。つい取ってしまうと、車の持ち主が目撃していた。

 持ち主は「何やってんだ!」と怒鳴る。だが知的障害を持つ男性は微笑を浮かべ、逃げようとはしない。逆に恐怖を感じた車の持ち主は、警察に通報した。逮捕されると、似た事件を起こしている“累犯者”だと判明。「常習累犯窃盗罪」という罪名がつき、再犯なので執行猶予なしの実刑判決。そして男性は、刑務所に入った。

 この事例は、ジャーナリスト・山本譲司氏(55)の新刊『刑務所にしか居場所のない人たち 学校では教えてくれない、障害と犯罪の話』(大月書店)で描かれている。

 筆者の山本氏は早稲田大学を卒業後、菅直人衆議員議員(71)の秘書を務める。1989年に都議会議員となり、さらに96年の衆議院総選挙では東京21区(日野市、立川市など)から立候補して当選、2000年には再選を果たす。
山本譲司

ジャーナリスト・山本譲司氏(他の写真を見る)
福祉の現場からノンフィクションを発表

 だが、政策秘書給与の流用が発覚。同年9月に東京地検特捜部が詐欺容疑で逮捕。衆議院議員を辞職するが、01年2月に懲役1年6か月の実刑判決が下る。すると山本氏は控訴を取り下げ、栃木県黒羽刑務所で服役することを選ぶ。

 文字通り「エリートの転落」だが、話はこれで終わらない。出所した山本氏は、03年にポプラ社から『獄窓記』(現・新潮文庫)を出版。自分の体験を静謐に綴った著作は、本人の意図を超え、社会的な文脈で読み解かれて高い評価を受ける。

 その理由の1つが「刑務所における高齢者、障害者問題」という、隠れていた大問題を提示したことにある。

 山本氏は福祉の世界で働きながら、ジャーナリストとしても活躍。『獄窓記』で注目を集めたテーマは、06年に上梓した『累犯障害者』(現・新潮文庫)に結実する。こうした経緯の中に前掲の新刊が位置づけられるわけだ。

 では、その冒頭で描かれた、山本氏が刑務所で経験したエピソードも紹介させてもらおう。

《「あのお金は、お母さんが神様にあずけたんだ。それを返してもらっただけ。だから、僕は悪くないよ!」
 刑務所で出会ったAさんは、いつもこう言っていた。彼は20代後半の男性。二度の窃盗罪で、2年6か月の懲役刑に服していた。窃盗罪で懲役刑なんて聞くと、けっこうな大金を盗んだんだろうって思うかもしれないね。
 でも、彼が盗んだのは合計300円。神社で賽銭どろぼうをしてしまったんだ》
『累犯障害者』
山本 譲司 著

ネット書店で購入する
賽銭どろぼうの意外な「犯行動機」

 山本氏によると、A氏は軽度の知的障害者だったという。両親は離婚し、母親と2人暮らしだった。初詣に行くと、母親は賽銭箱に1000円を入れ、「神様にお金を預けているんだよ。困ったときに、きっと助けてくれるからね」と言っていた。

 だが母が病死してしまう。親戚もいないため、A氏は自活を迫られる。しかし障害のため仕事は続かず、否応なしにホームレス生活を強いられる。

 苦しい日々に、A氏は母親の言葉を思い出す。「神様に預けておいたお金で助けてもらおう」と母親と初詣で訪れていた神社に向かい、賽銭箱をひっくり返す。盗んだのは200円。目撃者が警察に通報して逮捕される。

 初犯のため、執行猶予付きの判決が下る。裁判官はA氏に反省と再生を求めたが、彼は「外に出られたのなら、悪いことではなかった」と判断。再び賽銭箱から100円を盗んで逮捕。今度は執行猶予中の再犯として実刑判決が下る。2年半にわたって服役することになり、そこで山本氏と出会ったというわけだ。エピソードを結ぶ山本氏の描写は極めて印象的だ。

《Aさんのような軽度の知的障害者は、人から言われれば、身の回りのことはできるから、一見、障害がないように見える。だけど、善悪の区別がどこまでついているかはわからない。
 二度目の裁判で、彼は裁判長に向かってきっぱりと言ったよ。
「まだ700円、神様に貸している」
 その言いぶんは聞きいれてもらえなかった》
現実を知って目を輝かせた大学生

 本文には相当数の漢字にルビがついているが、引用では省略した。文体から感じた方も多いだろうが、小学生や中学生を読者として意識したスタイルだと言える。山本氏に刊行の経緯を訊いた。

「今、月の半分は『社会復帰促進センター』という半官半民の刑務所で、障害者や高齢者の受刑者に対して、所内処遇や社会復帰支援のお手伝いをしています。また2006年にはメンバーとして、厚生労働省の『罪を犯した障害者の地域生活支援に関する研究』という研究班を立ち上げ、調査や提言を行いました。ありがたいことに、『獄窓記』や『累犯障害者』の影響もあり、ようやく厚生労働省もこの問題に目を向け始めてくれました。そして現在、罪を犯した障害者を取り巻く環境は、隔世の感がするほど改善されてきています。でもやはり、福祉の当事者の意識は、まだまだ変わっていません。実のところ、この新刊を書くにあたっては、ある福祉系の大学に講師として招かれ、2コマの講義を受け持ったことがひとつのきっかけとなっています」

 そもそも「刑務所は社会の縮図」とも言われる。さらに山本氏は、衆議院議員の時から福祉政策を専門としていたにもかかわらず、刑務所で現実を直視して猛省したという大きな体験がある。当然ながら講義では、刑務所における障害者の問題を丁寧に説明していったのだが、1時間目が終わって休み時間になると、教授が耳元で囁いた。

「『すいません、学生には福祉に対して夢も希望もあります。刑務所にいる障害者の話なんか、もうやめてもらえれば……』と批判的な言葉を向けてこられたんですね。専門家として長い間、福祉に関わってきた人として、後ろめたさもあったんじゃないでしょうか。ならばと2時間目は、予定を変更して、売春組織やAV業界、暴力団などにおける知的障害者の状況を詳細に説明したんです。そうすると、みるみるうちに学生の目が真剣になっていくんですね。私の講義に食いついてくれたんです」
逆に刑務所より対応が遅れている福祉

 山本氏が出所して16年が経ち、刑務所での障害者に対する処遇改善は進みつつあるという。だが逆に、福祉の現場では対応が遅れている。言いにくそうな教授の発言からも、そうした状況が垣間見える。

「率直に言って、重度の障害者に対する福祉が“美しい仕事”として評価される一方、累犯障害者に対しては見て見ぬ振りをしてきた、という福祉の現実を否定できません。私の著作が『犯罪の被害に遭う障害者ならまだしも、犯罪を犯す障害者のことは書いてほしくない』と福祉関係者に抗議されたこともあります。しかし私は、福祉からも見放され、30円や200円を盗んで刑務所に入る知的障害者こそが、最大の被害者だと考えています。刑務所が福祉の代替施設として機能しているのは間違っています。刑務官の皆さんは、福祉施設で研修を受け、障害者のケアなどを学び、刑務所に戻って活かしたりしています。感動的な姿だとは思いますが、やはりおかしい状況でしょう。こうした現実を小学生や中学生といった若い人たちに知ってもらいたいと、版元にはこちらから『専門書的なものではなく、子供でも読める本にしたい』と提案させていただいたんです。理由は簡単。やはり福祉や刑務所だけではなく、この問題に対する社会全体の意識が変わらなければ、本当の意味での問題解決にはならないと考えたからです」

 朝日新聞の書評に取り上げられたことなどもあり、売れ行きも好調だという。意図した10代に限らず、大学生や社会人など、広範な読者を獲得しているようだ。

 この本では、データ部分でもリアルな現実を提示する。我々の思い込みは完全にひっくり返される。一部を紹介させていただく。
障害者のために実刑判決を下す裁判官

《刑務所に入るときは、みんなかならず知能検査を受ける。一般的にいって、知能指数が69以下だと、知的障害があるとみなされる(世界保健機関の基準)。
 2016年に新しく刑務所に入った受刑者約2万500人のうち、約4200人は知能指数が69以下だった。つまり受刑者10人のうち、2人くらいは知的障害のある可能性が高いということだ。
 ついでに最終学歴はというと、中学校卒業がいちばん多くて40%くらい。次が高校卒業で30%くらい。大学卒業は5%しかいない。むしろ、義務教育さえまともに受けていない人たちのほうが、だんぜん多いんだ》

《2016年、新しく刑務所に入ってきた受刑者約2万500人のうち、殺人犯は218人だった。刑務所の中でも、殺人犯と会うことはめったにない。
 君たちと同じ、少年の犯罪も激減しているよ。未成年者による犯罪の検挙者数は、2016年が3万1516人。これは10年前の4分の1くらいの数なんだ。だから、全国の少年鑑別所は、ガラガラな状態のところばかりだよ》

《犯罪全体の認知件数は、2002年には日本全体で約258万件もあった。それが2017年には約91万件と、この15年間で3分の1以下に減ったんだからね。
 一方で、あまり減っていないのが知的障害のある人の犯罪だ。ほとんどが窃盗や無銭飲食、無賃乗車とかの軽い罪。スーパーで売り物のアジフライを一口かじっただけで、実刑判決を受けた人もいる。
 僕が思うに、もしかしたら裁判官は、「彼らのため」と思って実刑判決を出している面もあるのかもしれない。執行猶予がついて社会の中に戻ると、きっとまたいじめられたり、ホームレス状態になったりする。だから、緊急避難の意味合いで、実刑にするのかもしれない。でも、そんな理由で刑務所に入れられているというのは、おかしな社会なんじゃないだろうか》
「知って、見ること」の重要性

 山本氏も、累犯障害者が「社会の中で虐待されるより、刑務所の中が暮らしやすい」と本音を吐露する姿を間近で目撃している。

「彼らは満期が近づくと、『シャバに戻るのが怖い』と自傷行為を始めたりするんです。見かねた私が『社会は怖いと言うけど、社会には自由がありますよ』と励ますと、『刑務所に自由はないけど、不自由もない』と返されたことがあります。刑務所の工場で部品がなくなると、疑われた受刑者は人前で裸にされ、お尻の穴まで検査されます。法的に人権が制約されている場所だと言えますが、では、社会の中での彼らはどうだったんでしょうか。彼らは刑務所に入る前、路上生活をしていたことが多いんです。コンビニのゴミ箱を漁っていると、からかわれて裸にされ、お尻にライターで火を付けられるようなこともあったんだそうです。人権など全くないですね。ならば、ぎりぎりのところで、まだ刑務所のほうが自分の尊厳を守ってくれるという逆説が成立してしまうんです」

 不条理と言っていい状況だが、それに対処するためには刑法を改正する必要があると、山本氏は訴えている。法務省も高い関心を持っているという。

「彼らに懲役刑はそぐわないということははっきりしています。懲役の意味は『監獄に拘置して所定の作業を科す刑罰』(※編集部註:『大辞林』(三省堂)より)ですが、障害者と高齢者が大半を占める刑務所に、工場の役割は担えません。刑罰を受けることは必要だと思いますが、作業一辺倒ではなく、もっと社会適応訓練とか、職業訓練とか、社会復帰に向けたプログラムを実施すべきです。福祉も変わる必要があります。障害者施設の職員が入所者からセクハラの被害を受けることは日常茶飯事です。女性は胸を触られます。私も股間を握られたことがあります。しかし職員は、笑って注意しません。これこそ福祉が障害者を社会に戻そうとはしていない証左でしょう。『こんなことをしたらダメです』という社会のルールをしっかりと説明する場にしなければなりません」

 新刊では成功例として、ある障害者が人並み外れた記憶力を活用し、大手企業で郵便の分類に活躍する姿が描かれている。成功体験があれば人は代わる。人が代われば社会も変わると山本氏は訴える。

「本を読んで現実を知ってほしいということが一番ですが、さらに自分たちが『見て見ぬ振りをしてきた』ことも再認識してもらえればと願っています。障害者は私たちの周囲で暮らしています。遠く離れた場所に隠れているわけではないんです。公園で独りぼっちの人や、ゴミ屋敷の住民、時たま奇声をあげる人などに出会うことがあるでしょう。そんな時、まずはしっかりと見てください。そして知っていくにつれ、自分たちと全く変わらないと気づくはずです。嫌なことがあれば悲しいし、良いことがあれば嬉しい。そんな人としての思いは、障害者であろうと健常者であろうと同じなんです」

 山本氏は新刊の最終部分を、次のようなメッセージで結んだ。《日本という国は、もう爆発的に人口が増えることはない。経済活動の中心は人なのだから、それをどんどん排除していけば先行きが暗いよね。罪を犯した障害者を社会に受け入れることは、この国にとっての成長戦略だと思う。障害のある本人だけじゃなく、みんなにとってのプラスになる》
https://www.dailyshincho.jp/article/2018/07200700/?all=1

<コメント>
刑務所が介護施設や知的障碍者施設の様な扱いになっています。臭いモノに蓋をし、『見て見ぬ振りをしてきた』ツケが廻ってきたのです。

posted by Akamaru at 15:17| 大阪 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月15日

ヨーロッパ以外では「1千万人に1人」、カトリックの枢機卿に日本人

『ヨーロッパ以外では「1千万人に1人」、カトリックの枢機卿に日本人 どれだけすごい?会社に例えると……』

世界に約12億人の信徒がいるキリスト教の最大宗派、ローマ・カトリックで6月、日本人の前田万葉氏(69)が「枢機卿(すうききょう)」になりました。日本人の枢機卿は9年ぶり6人目とのことですが、それってどれだけすごいことで、そもそも枢機卿って何をする人なんでしょうか? 調べてみました。(朝日新聞ローマ支局長・河原田慎一)

「10,000,000人に1人」の存在
 カトリックの総本山、バチカンの法王庁によると、枢機卿は世界に226人。カトリックの信徒数は世界に約12億人いるとされ、イタリアなどヨーロッパに107人が集中していることを考えると、その他の地域では「信徒約1000万人に1人」の存在と言われます。ちなみに、カトリック中央協議会(東京)が発表した2015年末現在の信徒数は、約43万人。1000万人の23分の1です。この割合で行くと日本人の枢機卿誕生はなかなか難しそうです。現にアジア全体でも26人しかおらず、カトリック信徒が比較的多いフィリピンでも2人しかいません。 日本のカトリック信徒数はこの10年間横ばいで、そんな中で今回、日本から枢機卿が出たことは、カトリック教会内部で「フランシスコ法王の強い意向があったのでは」とささやかれています。

被爆地・日本に高い関心?
 時期を同じくして、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界文化遺産に登録されることが決まりました。長崎と広島の被爆地からはフランシスコ法王の訪問を願う声も上がっており、法王は昨年末、原爆投下後の長崎で撮影された写真入りのカードを教会関係者に配りました。今回の前田枢機卿の抜擢は、世界平和を願う法王の「被爆地日本への高い関心の表れだ」とする見方もあります。ところで、枢機卿って何をする人なのでしょうか。「枢機」は「物事の要所」「重要な政務」という意味で、「卿」は「高官」のことを指します。カトリックでは、法王を支える高位聖職者のことを枢機卿と呼びます。教会関係者によると、カトリックには厳然とした「階級」があります。神様の教えを伝えるのに聖職者の階級などいらないではないか、と思えますが、逆に「階級があるからこそ、12億もの信徒を組織化して、神様の教えをきちんと伝えることができる」のだそうです。カトリックの階級は助祭、司祭、司教とあり、枢機卿はたった1人の法王を除くと最も上の立場です。

「大阪支店長兼世界本社役員」
 カトリックには「教区」があり、司教はその教区の長、いわば「支店長」です。日本にはさらに東京、大阪、長崎に「大司教区」というのがあり、3人の大司教がいます。前田枢機卿は大阪大司教を務めています。枢機卿は、法王から諮問を受けて意見を述べる「顧問団」のようなもの。要するに、受け持ちの国で支店長をしつつ、「世界本社」の役員も務める、といった位置づけなのだそうです。ですから前田枢機卿はバチカンに通いつつ、今後も大阪を拠点に、補佐役の司教とともに大阪大司教区を管轄します。枢機卿の主な仕事は二つ。枢機卿会議を開いて、法王から諮問された内容について議論します。カトリックのカレンダーを見ると、「何月何日は●●聖人の日」とびっしり記念日で埋まっていますが、この「聖人の日」を決めるのも枢機卿の重要な仕事なのだそうです。そしてもう一つは、法王が亡くなったり、退位したりしたときに後任を決める選挙(コンクラーベ)です。2013年に現在のフランシスコ法王を選出した時に、バチカンのシスティーナ礼拝堂の煙突から決定を告げる「白い煙」が出たのを覚えている人もいるのでは。投票は80歳未満の枢機卿だけが参加でき、前田枢機卿を含め125人に投票権があります。

赤い色に込めた決意
 枢機卿であることを示すシンボルカラーは赤。6月28日の親任式で、前田枢機卿は法王から赤い帽子を受け取りました。肩掛けの色も赤で、翌29日に開かれた就任を祝福するミサでは、全身赤色の衣装に身を包みました。ちなみに司教はピンク色の帽子と肩掛けを身につけています。赤はキリストの血の色を表すと言われています。就任ミサの後、各国のバチカン大使らが集まる披露パーティーに出席した前田枢機卿は、全身赤の衣装で俳句を披露しました。
 「緋色受く 五島椿や ペトロ祭」
 緋色とは赤のこと。長崎ではキリスト教が禁じられた江戸時代に、五島列島の出身者を含む26人の信者が殉教しました。その五島に咲く赤色と、殉教者が流した血の色をかけてうたった句です。聖ペトロの日である6月29日に就任ミサを終えた前田枢機卿は「まさに『青天の霹靂』で枢機卿に選出されたが、教皇が日本を気にかけ、訪日したいという気持ちを強く感じた。殉教の覚悟もしないとと思っている」と決意を語りました。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180709-00000006-withnews-eurp

<コメント>
前田枢機卿はバチカンに通いつつ、今後も大阪を拠点に、補佐役の司教とともに大阪大司教区を管轄します。
大阪が大きく変わろうとしています。
posted by Akamaru at 12:34| 大阪 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月14日

汚される自然

『環境保全協定9月に締結へ 那珂川町の産廃処分場計画』

 県は、那珂川町で建設を計画している産業廃棄物の県営最終処分場「エコグリーンとちぎ」について、9月中にも同町と環境保全協定を結ぶ方針を示した。6月29日に同町馬頭総合福祉センターで開いた住民説明会で明らかにした。(北浜修)説明会には、福田富一知事や県の担当者、同町の福島泰夫町長、住民百十五人が参加した。県が説明した計画の概要や協定案によると、受け入れる産廃の放射能濃度の管理基準案は、国の基準(一キロあたり八〇〇〇ベクレル以下)より厳しい一キロあたり四〇〇〇ベクレル以下。原発事故で放出された放射性物質が一定濃度以上含まれ、環境相が指定した指定廃棄物(稲わら、堆肥など)や、原発稼働に伴い発生する高レベルの放射性廃棄物、原発事故による除染で生じた除染土は受け入れないことを明確にした。住民からは、放射能濃度が一定基準以下の産廃を受け入れる方針に「なぜ受け入れるのか」「安全なのか」などと質問が相次いだ。福田知事は「工場から出た焼却灰などには放射性物質は含まれる。一定レベル以下のものは受け入れざるを得ない」と応じた。放射能濃度の管理基準案が国よりも厳しいものであることなどを説明し、理解を求めた。県は協定案について、八月一日まで県民の意見を募った上で、九月中に協定を結ぶ日程を示した。処分場の建設は、県内にはない産廃最終処分場の確保と、懸案となっている同町北沢地区の不法投棄物の撤去が目的。県の計画によると、産廃は約四万八千平方メートルの敷地内に埋め立て、屋根と壁で覆うための施設を建て、飛散や粉じんなどの発生を抑える。埋め立ての容量は約六十万立方メートル。対象は県内の工場などから排出される燃え殻、汚泥、廃プラスチック類や、北沢地区に不法投棄された廃棄物の撤去物など。二〇二三年一月からの稼働を予定し
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tochigi/list/201807/CK2018070202000179.html





『藤岡の山林に産廃7トン不法投棄 容疑で代表ら5人逮捕』

 必要な登録を受けずに解体工事を行い、産業廃棄物を藤岡市内の山林に不法投棄したとして、県警は31日、建設リサイクル法違反と廃棄物処理法違反の疑いで、造園土木業者「桜井工業」代表、桜井彰二容疑者(55)=藤岡市鬼石=ら5人を逮捕した。いずれもおおむね容疑を認め、桜井容疑者は「処理費用を減らすためだった」と供述している。逮捕容疑は4月16日から5月24日ごろにかけて、県知事の登録を受けずに高崎市内の民家を解体し、5月中旬から6月8日ごろにかけて、工事で出た産業廃棄物約7トンを藤岡市高山の山林など2カ所に不法投棄したとしている。投棄されたのはスレート瓦や石膏(せっこう)ボードなど。県内の建設会社が、この民家を解体するための届け出を行っており、同社が桜井容疑者らに名義貸しをした疑いがあるという。藤岡市浄法寺地区でも同じ解体現場から出たとみられる廃棄物約800キロの不法投棄が確認されており、県警は関連を
https://www.sankei.com/region/news/171101/rgn1711010022-n1.html




『アジサイ植えて林道美しく 「太平山南山麓友の会」が整備 栃木』

【栃木】NPO法人「太平山南山麓友の会」が19日、大平町西山田の林道でアジサイの植栽活動を行った。アジサイ約1千本が並ぶ同所に「あじさい林道」の愛称を付けて整備し、知名度を上げようという活動の一環。この日は同会会員やボランティアなど約12人がアジサイを植えたり、愛称が記された看板を立てたりした。同林道は大中寺(だいちゅうじ)と清水寺(せいすいじ)を結び、27年ほど前に開通した。当時は粗大ごみなどの不法投棄が頻繁に行われ大平町富田、自営業天海英夫(あまがいひでお)さん(78)が不法投棄防止のために1994年から独自にアジサイの植栽を始めた。約10年かけて現在の数になったという。同会は2007年に発足し、現在の会員は天海さんも含め約60人。アジサイの剪定(せんてい)、トレッキングガイドや農業体験などの活動を行っている。 この日、参加者は林道を歩きながら、県から配布された15株と参加者が自宅などから持ち寄った10株を植えた。「元気に成長し花をつけて」と願いを込めながら、熱心に作業を行っていた。
https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/25281


『国道114号線(津島ゲート-浪江IC間) 帰還困難区域の測定』
https://www.youtube.com/watch?v=LHnB6RS0wRk

<コメント>
長い年月をかけて育まれた美しい自然が失われるのは、あっという間です。
posted by Akamaru at 12:05| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月09日

エンジニアの息子を過労死で失った母

『「本当のしんどさが分かっていたら」――エンジニアの息子を過労死で失った母』

「息子は健康的に仕事を続けたかったんです」。西垣迪世(みちよ)さん(73)は2006年に一人息子をうつの治療薬の過剰摂取で亡くした。システムエンジニアとして働き始めてから4年、休業と復帰を繰り返しながら「もう一度だけ」と頑張っていたさなかだった。迪世さんは労災を申請したが不認定。行政訴訟に踏み切った。
愛する人を亡くした悲しみ、後悔、自責の念。「過労死を絶対に出してはいけない」という思いで闘っている遺族の声を聞く。(フォトジャーナリスト・深田志穂/Yahoo!ニュース 特集編集部)
西垣迪世さん

西垣さんは、2006年1月26日、一人息子の和哉さん(当時27)を急性薬物中毒で亡くした。和哉さんはうつの治療薬を過剰に摂取し、病院に運び込まれたが帰らぬ人となった。

「あんなに夢を見て仕事に行きましたのに、仕事のためにうつになり、うつの治療薬の副作用で息子は亡くなってしまった。私は命に代えても息子を守りたかったけれど、果たせなかった」

和哉さんは神奈川県内の会社の寮で暮らしていた。亡くなる前日、迪世さんのもとに和哉さんから電話がかかってきた。和哉さんの体調がよくないことを知っていた迪世さんに、病院に行ったことを報告する電話だった。

「『どうだった?』って聞いたら、『たいしたことないって言われた』って。『よかったね、無理をしないようにね』と言ったら、『うん、分かった』と」

和哉さんと、病気で亡くなった教え子たちを思って、慰霊の木を植えた(撮影:深田志穂)

翌朝、和哉さんに電話を掛けたがつながらなかった。職場からも何度か電話を入れた。

「それまでにも(うつの症状で)起きれないことはままありましたから、寝かせてやるのも大事かなと思ってだいぶ待ちました。でもお昼になって、遅すぎる、どうしたのだろうと思って、(寮の)管理人さんに連絡をしました」

和哉さんは自室で高熱で倒れていた。救急車が呼ばれた。迪世さんは看病するつもりで、神戸市内の自宅から新神戸駅へ向かった。新幹線に乗ろうとした瞬間に携帯電話が鳴った。医師は言った。「もうずいぶん長く心肺蘇生をしていますが、息子さんの心臓は動きません。治療をやめてもいいですか」

「私はなにがなんだかわけが分からず、『先生、それはやめないで、息子を助けてください』と言いましたが、新幹線はトンネルに入ってしまい、電話は通じなくなってしまいました。私はそれ以上何もできなくて、ただ呆然としていました」

迪世さんが和哉さんと対面したのは警察署だった。

「息子はもう冷たくなっていて、抱きしめてあげようにも体は冷やすための分厚いもので覆われていて触れず、息子の冷たい顔だけ何度もさすって、名前を呼びました」

和哉さんの死が自死か事故死かは不明である。
労災不認定、「裁判をするか、諦めるか」

高校教師だった迪世さんは、女手一つで一人息子の和哉さんを育てた。

「元気な子でした。クラスではみんなを笑わせていたようです。いつも友だちや小さい子も連れて外で遊び回っていました」

小さいころの和哉さん(撮影:深田志穂)

2002年春、和哉さんは神戸市内の専門学校を卒業すると、神奈川県川崎市に本社のある富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ(富士通SSL)にシステムエンジニアとして就職した。富士通SSLは、ソフトウェアの販売と、クライアントのニーズに合わせたシステム開発や運用サービスの提供を行う会社だ。クライアントには官公庁や大手企業が含まれる。

2003年4月、和哉さんは民放テレビ局の地上波デジタル放送のオペレーションシステムを開発するプロジェクトに配置された。同年12月1日の地デジ導入開始が目前だった。

母と息子は1日に1度は電話で連絡を取り合っていた。たいていは朝。出勤する前に互いに元気でいることを確認した。

地デジプロジェクトに配置されてしばらくすると、和哉さんは「眠れない」「なかなか起きられない」と訴えるようになった。

5月に迪世さんの父が亡くなり、和哉さんは葬式のために帰省した。しかし和哉さんは通夜に出ることができなかった。

「『少し寝かせてくれ、少ししたら起こしてな』と言うて寝たんですけれども、起きられないんですね。『通夜は俺、無理や。明日行くから今日は寝かしてくれ』と言いました。本当に疲れているんだなと思いました。そのころはまだ、葬儀で会ったいとこたちに『こんな仕事をしているんだ』と誇らしげに話をしておりました」

和哉さんの遺品(撮影:深田志穂)

時が経つほど、和哉さんは起きられない日が増えていった。ある日、和哉さんは「実は今、仕事休んでるんだ」と言った。

「どうしたのと聞いたら、体がしんどくて眠たくて、でも眠れなくて……というふうに、病名ははっきり言わなかったんですね。私が『睡眠障害みたいなものなの?』と聞くと『そんなものだ』と。実際は抑うつ状態だという診断を受けていたようです。それはあとで分かりました」

和哉さんは2003年11月に休業した。2004年2月に復帰するが、その後も抑うつ感情や不眠に悩まされる。2005年8月、2度目の休業。11月に再び復帰するが、2006年1月26日に亡くなった。

迪世さんは同年4月に川崎北労働基準監督署に労災申請をした。ところが、翌年12月に不支給処分が下された。労災と認められなかったのだ。

「私は、労基署というのは被災者と国との間に立って、本当に労災に当たるかどうか、公平に調べてくださる機関だと思い、相談いたしました。ところが残念ながらそうではありませんでした。これは無理だよと放っておかれたり、息子のお友だちが仕事のきつさを証言してくださっているにもかかわらず、会社がたいした仕事ではないと言った、その主張のみを取り入れたり」

和哉さんが小学校4年生の時に描いた「お母さん」の絵(撮影:深田志穂)

迪世さんは、行政不服審査制度に従って神奈川労働局に審査を請求したが、棄却された。さらに厚生労働省の労働保険審査会に再審査を請求したが、それも棄却された。

「3度の不認定が出ますと、私たち遺族に残されているのは、裁判をするか、諦めるか、その二つしかないのです」

過労死弁護団全国連絡会議幹事長を務める川人博弁護士はこう言う。

「労災として認められなかったのは、行政の問題です。労災行政は柔軟に運営されているとは言えません。(西垣さんの事件の)当時に比べれば少し良くなっていますが、業務と死亡との因果関係の判断が適切でなかったり、一つ一つの仕事上のストレスを過小評価したりする傾向は今もあります。そのため、少なくない方が不支給処分を取り消すための裁判を行っています」

迪世さんは、2009年2月、国を相手取り労災不支給処分の取り消しを訴える裁判を東京地裁に起こした。
「存在価値がない」うつになったSEの悲鳴

裁判で明らかになったのは、システムエンジニアの仕事の過酷さだった。和哉さんが発病するきっかけとなったプロジェクトの作業場は、都内のオフィスビルにあった。約900平方メートルのフロアに三百数十席、1人当たりの作業スペースはノートパソコン1台分程度だった。これは労働安全衛生法に基づく省令である「事務所衛生基準規則」が定める1人当たりの気積(人が呼吸などに利用できる空気の量)を満たしてはいたものの、二酸化炭素濃度は基準値を大幅に超過していた。長時間の残業も多かった。迪世さんはこう言う。

「終電に間に合わせようとみんな必死で仕事をしたそうです。間に合わないと作業場に泊まったんだそうです」

和哉さんが最後に使っていたパソコン(撮影:深田志穂)

タクシーで帰るには作業場は寮から遠すぎた。作業場には簡易のベッドが設置されていたが、必ずしも自由に使用することができたわけではなく、若いメンバーは仮眠を取る際、椅子をいくつか並べてその上で横になったり、自席で机にうつぶせになったりすることが多かったという。

「ある時は、朝5時過ぎになってやっと携帯にメールが入りました。『仕事が終わって、寮に帰ってきたところだ。ひと眠りしたらすぐに戻る。そうしないと間に合わない』というふうに言っておりました」

和哉さんは数人の友人たちと共同でブログを持っていた。そこにはこんなことが綴られていた。

〈日本人ってなんでこんなに働くのでしょうかね。わかりきってたことですが、鬱の原因は確実にお仕事ですね。何も手につかない。何もする気がしない。ただひたすら焦燥感や倦怠感、嫌悪感を薬で抑えるだけ。薬の効き目もどんどんなくなってる感じがする。困った。これからどうしよう。〉

〈自分には存在価値がない。これがどれほど痛いことなのか。これから先それと仲良く生きていける自信が全くありません。生きてるんじゃなくて死んでないだけ。何のために生きてるんですか?「死」ではなく「生きているのが無理」という闇が心を支配します。はっきり言ってその感覚が怖くて怖くて仕方がないのです。これから先が何も見えません。4年間も何をしてたんだろう。死にはしませんが。さすがに仲良く優しくしてくれた人に失礼なので。もし一人なら簡単に死んでしまいそうです。〉

和哉さんの同僚からもらった写真をもとに迪世さんが描いた絵。「息子は仕事を続けたかったんです。それを描きたかった」(撮影:深田志穂)

〈今の仕事どう考えても一人じゃ辛いんですよね。自分はだめだ。何もない。生きてる価値が見つからない。答えはいつまでたっても見つからない。死ぬ根性もなく、消えてなくなりたいと思えど何も行動をおこせず、もう自分の手に負えないってことがわかった気がする。今の状態が本当に本当に嫌になった時、俺は死を選ぶと思う。〉

和哉さんが亡くなった後、和哉さんの専門学校時代の友人が迪世さんの自宅に集まった。彼らは口々に打ち明けた。「おばちゃん、僕らもみんなうつやねんで」

和哉さんが就職してはじめて神戸に帰ってきた時のことを、迪世さんは思い出す。和哉さんは「俺よりできるやつが1人だけいる」とうれしそうだった。2人は親友になり、「世界につながる仕事がしたい」と語り合っていた。その親友も2004年にうつに罹患した。迪世さんは言う。

「『自分には存在価値がない』というのは、うつになったシステムエンジニアの悲鳴じゃないでしょうか。2度目の休業をして、私が『もう仕事をやめて神戸にいたら』と言った時も、息子は『もう一度だけ戻ってみる』と言いました。うつから完全には立ち直れない中で仕事をしていたわけですから、かわいそうな状態だったと思います。でも、私には本当のしんどさは分かりませんでした。システムエンジニアはみんなうつになるんだ、西垣くんはまだ大丈夫だと言われて、それならばもう少し息子を応援するしかないのかな、黙って見ているしかないのかなと思っていました。本当のしんどさが分かっていたら家に連れ帰っていた」

はじめてのボーナスでネックレスをプレゼントしてくれた(撮影:深田志穂)
労働環境改善は「終わらない取り組み」

2011年3月、東京地裁は迪世さんの主張を認める判決を下した。被告の国は控訴せず、労災を認める判決は確定した。

会社とも和解が成立した。その際、富士通SSLは、迪世さんの要求に応じて、労働環境の改善に取り組むことを約束している。現在、同社ビジネスマネジメント本部長を務める仙田健取締役は「人事制度の見直し、職場環境の改善、管理職を中心とした意識改革の三位一体で改善を続けています」と話す。

「例えば、積み立て休暇を取りやすくしたり、コアタイムを短くして柔軟に働けるようにしたり。有給休暇の取得率は80パーセントを超えており、直近の目標として90パーセント超、将来的には100パーセントを目指して取り組んでいます。またICT(情報通信技術)やセキュリティ環境を整備し、在宅ワークやテレワークの施策も進めています」

システムエンジニアは客先で業務に従事することも多いが、そういった外勤先を訪問して、社員がどういう環境で働いているかを見せてもらうこともしている。

「働き方の改善は単独で行うには限界があります。社会的にも多様な働き方を受容する流れになってきており、弊社のお客様にもそれが必要であると認識していただいている。ということになれば、アクセルが踏みやすいんです」

2017年4月には「富士通SSLグループ健康経営宣言」を採択、社員の健康を大切にした経営に取り組むことをトップメッセージとして発信した。

「その背景の一つには、東京オリンピックが開催される2020年に向けて、IT業界でも受注が増えていることがあります。そうするとどうしても、それをこなすために社員に負担をかけてしまいがちですが、それを戒めるという意味もありました。(西垣さんの件は)弊社としても残念でしたが、これを機に改善を続けています。これは終わることのない取り組みだと思っています」

前出の川人さんはこう言う。

「社員が亡くなった時に、それが重大な問題だと気づいている会社は多くありません。自発的に改善に向かうことは残念ながら非常に少ない。ただ、遺族が、自分の家族が亡くなったのは仕事のせいであると会社に対してプロテストして、状況の改善を要求した時に、それを受け止めて改善する会社は増えてきていると思います」

迪世さんは現在、兵庫過労死を考える家族の会共同代表を務める。会社さえ息子や息子の友人たちを、きっちりと健康を守って働かせてくださっていたら……という思いは今も消えない。

「母の老後に愛する息子はいません。若い人たちの働く権利と生きる権利を保障できる日本であってほしいと切に願っています」

連載:「過労死・過労自死」遺族に聞く

「働き方改革」関連法が成立した。残業時間の規制などが盛り込まれているが、高度プロフェッショナル制度の導入などには「過労死を増やしかねない」との懸念の声も多い。「過労死を絶対に出してはいけない」という思いで闘っている遺族の声を聞く。
https://news.yahoo.co.jp/feature/1011

<コメント>
奴隷制度から適度に距離を取り、人間的な生活をしましょう。
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STAP現象の確認に成功、独有力大学が…理研と早稲田大学の責任問われる

『STAP現象の確認に成功、独有力大学が…責任逃れした理研と早稲田大学の責任、問われる』

 今年3月10日、ドイツの名門大学、ハイデルベルク大学の研究グループがSTAP関連の論文を発表した。論文タイトルは『Modified STAP conditions facilitate bivalent fate decision between pluripotency and apoptosis in Jurkat T-lymphocytes(邦訳:修正STAP条件によって、JurkatT細胞の運命が多能性と細胞死の間で二極分化する)』である。
 海外の一流大学が、いわゆる「STAP現象」の再現実験を行ったということで話題となっている。以下に同論文の概要を紹介する。
<(1)序論:STAP論文は撤回されたが、低pHの刺激による万能性獲得の可能性は、がん、または、がん幹細胞の分野においては魅力的な課題である。
(2)実験:そこで、理化学研究所と米ハーバード大学から発表されたプロトコルを改変して、セルライン化されたT細胞に刺激を与える実験を行った。
(3)結果:当グループが見つけたpH3.3の条件では、酸処理後、多能性マーカーの一種であるAP染色陽性細胞の割合が増加した。AP陽性の多能性細胞は酸処理ストレス下を生き延びて優位に増加。
(4)考察:小保方晴子氏【編注:一連のSTAP細胞論文問題をめぐり2014年12月に理研を退職】が英科学誌「ネイチャー」で発表したプロトコルでは成功しなかった。それは、使用している緩衝液の緩衝能が適していないことが理由として考えられたので、それも変更した。一番の発見は、このような瀕死のストレス条件では、Acute T-cell leukemia(ヒト急性T細胞白血病)の細胞株である JurkatT細胞が、万能性を獲得するか、もしくは死ぬかの間で揺らいでいることである。何がそれを左右するのかを探るのが今後の課題だ>

 わかりやすく解説すると、以下のようになる。
<小保方氏が発見したSTAP現象を、がん細胞の一種であるJurkatT細胞を用いて再現実験を試みた。同細胞に対しては、小保方氏がネイチャーで発表した細胞に酸性ストレスをかける方法ではうまくいかなかったため、独自に修正した酸性ストレスをかける方法を試してみたところ、細胞が多能性(体のどんな細胞になれる能力)を示す反応を確認した。それと同時に細胞が死んでしまう現象も確認されたので、何が細胞の運命を分けているのかを探っていきたい>

がん細胞の分野で研究の価値大
 今回の論文で多能性を確認したAP染色陽性細胞は、小保方氏らのSTAP論文でも発現が確認されている多能性マーカーのひとつである。細胞が酸性ストレスによって多能性を示すという反応は、まさに小保方氏が発見したSTAP現象そのものだ。
ニュースサイトで読む: http://biz-journal.jp/2016/05/post_15081.html
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 世界的に活躍する国際ジャーナリストで、自身もニューヨーク医科大学で基礎医学を学び医療問題に関するリポートも多い大野和基氏は、同論文を次のように評価している。「STAP現象の論文は撤回されたが、少なくともがん細胞の分野ではまだまだ研究の価値がある、ということだ。細胞の多能性に対する酸性 pH の効果は、がん生物学(がん幹細胞も含む)の分野では、注目されるトピックであり、STAP細胞が、がん細胞ではできた可能性があることを、このハイデルベルク大学の論文は示している。また、この研究者らの実験では、小保方氏が確認した多能性を示すOCT4の発現を変えることができなかったようだが、異なる結果として、De Los Angelesほかが、STAPプロトコルのような、強いストレスでOCT4の発現が増加した例を紹介している。ともあれ、『ネイチャー』のSTAP論文撤回後、海外の大学、しかもハイデルベルク大学においてSTAP現象を確認する実験が行われたことは注目すべきことである」がん細胞の一種であるJurkatT細胞に対して、小保方氏が行った方法ではうまくいかなかった理由について、ある生物学の専門家は次のように分かりやすく説明してくれた。「細胞の種類によってストレス反応に違いがあることも一因と考えられます。小保方氏はがん細胞以外の細胞を使っていたため、ストレスをかけるpHの違いが出ても不思議ではありません。また、培養系の実験では、緩衝材の違いはもちろん、試薬のロット(製造日)差によっても結果が違ってくるというのは周知の事実ですし、シャーレのメーカーによっても結果に違いが出ることがあるほどです。それほど微妙な調整が必要な世界であり、プロトコル(手順)通りにやっても同じ結果が得られないことは普通です。ハイデルベルク大学の研究グループは試行錯誤の結果、独自にSTAP現象を確認する方法を見いだされたのではないでしょうか」日本国内では、マスコミによる異常な偏向報道によって、完全に葬り去られたように印象づけられたSTAP現象だが、そのような先入観もない海外の大学によって再現実験が試みられた事実は大きい。

日本の専門家たちの間違い
 一部の専門家は、小保方氏がSTAP細胞のレシピ(詳細な作製手順)を公表するサイト「STAP HOPE PAGE」を開設した際にも、「STAPを今さら研究する研究者は世界にどこにもいない」と批判していたが、それが完全な間違いであったことが証明された。
ニュースサイトで読む: http://biz-journal.jp/2016/05/post_15081_2.html
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ネイチャーのSTAP論文が撤回された理由は、小保方氏が発見した「STAP現象」の否定ではなかったことは前回記事で述べた通りである。
 小保方氏の人権を蹂躙するかのようなマスコミがつくり上げた世論に同調し、常識を逸脱した禁じ手まで使って論文をなきものとして責任逃れをした理研や早稲田大学と比べ、真摯に生物学的現象を追究するハイデルベルク大学のニュートラルな姿勢は、科学に向き合う本来のあり方を教えてくれる。ハイデルベルク大学が発表した今回の論文によって、STAP現象に対する世界的な関心が再び高まっていくかもしれない。
(文=大宅健一郎/ジャーナリスト)
ニュースサイトで読む: http://biz-journal.jp/2016/05/post_15081_3.html
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http://biz-journal.jp/2016/05/post_15081.html

<コメント>
数々の素晴らしい神の叡智(知性・科学・技術)が日の目を見られません。悲しい事です。
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2018年07月07日

松本死刑囚、遺言を残さず 所持品に遺書もなし

『松本死刑囚、遺言を残さず 所持品に遺書もなし』

6日に死刑を執行された松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(63)が、遺言を残していなかったことが関係者への取材でわかった。所持品のなかには遺書もなかったという。関係者によると、法務省は死刑の執行前に、所持品の処分法や遺言などを死刑囚から聞き取る。遺言を残す死刑囚もおり、その内容は「死刑執行速報」と呼ばれる文書に記録されることになっているという。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180707-00000013-asahi-soci



『戦後最大規模の死刑執行、世界に衝撃 非人道的と批判も』
オウム真理教元代表の松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚ら教団元幹部7人の死刑執行を、海外の主要メディアも速報で伝えた。地下鉄サリン事件について、英BBCは「治安の良さを誇りにしていた日本にショックを与えた」と伝えた。またAFP通信は「日本の首都機能を麻痺(まひ)させた。人々が空気を求めて地上に出てくる姿はまるで戦場だった」と振り返った。一方で、死刑という手法には厳しいまなざしも向けられた。独シュピーゲル電子版は「日本は死刑を堅持する数少ない先進国だ」としたうえで、「アサハラの死は、支持者には殉教と映り、新たな指導者を生みかねない」とする専門家の声を紹介した。欧州連合(EU)加盟28カ国とアイスランド、ノルウェー、スイスは6日、今回の死刑執行を受けて「被害者やその家族には心から同情し、テロは厳しく非難するが、いかなる状況でも死刑執行には強く反対する。死刑は非人道的、残酷で犯罪の抑止効果もない」などとする共同声明を発表した。そのうえで「同じ価値観を持つ日本には、引き続き死刑制度の廃止を求めていく」とした。EUは死刑を「基本的人権の侵害」と位置づける。EUによると、欧州で死刑を執行しているのは、ベラルーシだけだ。死刑廃止はEU加盟の条件になっている。加盟交渉中のトルコのエルドアン大統領が2017年、死刑制度復活の可能性に言及したことで、関係が急激に悪化したこともある。法制度上は死刑があっても、死刑判決を出すのをやめたり、執行を中止していたりしている国もある。ロシアでは、1996年に当時のエリツィン大統領が、人権擁護機関の欧州評議会に加盟するため、大統領令で死刑執行の猶予を宣言した。プーチン大統領もこれを引き継いだ。2009年には憲法裁判所が各裁判所に死刑判決を出すことを禁じた。韓国では97年12月、23人に執行したのを最後に死刑は執行されていない。05年には国家人権委員会が死刑制度廃止を勧告した。今回の死刑執行を伝えた米CNNは、日本の死刑執行室の写真をウェブに掲載。「日本では弁護士や死刑囚の家族に知らせないまま、秘密裏に死刑が執行される」と指摘した。またロイター通信は、「主要7カ国(G7)で死刑制度があるのは日本と米国の2カ国だけだ」と指摘。日本政府の15年の調査で、国民の80・3%が死刑を容認していると示す一方で、日弁連が20年までの死刑廃止を提言していることも報じた。

■98年以降は4人が最多
 「午後、面会に行く予定だったのに……」。中川智正死刑囚(55)の一審の弁護人を務めた河原昭文弁護士(岡山弁護士会)は、執行に驚きを隠せなかった。朝、広島拘置所に行った支援者から「面会の受け付けをしたが、会えなかった」と聞かされた。「国会が閉会したら執行されるかもしれない」と思い、17日にも面会を約束していた。「あまりに早かった。残念だ」
 戦後最大規模の執行だった。戦前には、社会主義者が弾圧された「大逆(たいぎゃく)事件」で1911年に12人が執行された例はある。48年にはA級戦犯7人が絞首刑になったが、連合国の裁判による死刑だった。現行刑法のもと、法務省が執行を公表するようになった98年以降は4人が最多。刑場が一つという東京拘置所では、午前中だけで松本死刑囚ら3人が立て続けに執行されたことになる。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180707-00000009-asahi-soci





『「ああ言えば、上祐」の言葉を作った記者が語る 死刑執行で神格化された麻原彰晃の危険性』

オウム真理教・元代表の麻原彰晃(本名・松本智津夫)死刑囚(63)ら元幹部7人の死刑が執行された。1995年3月に地下鉄サリン事件が起きてから23年。多くの記者が事件の解明に取材を続けてきたなかで、事件直後に「ああ言えば、上祐」の言葉を生み出したジャーナリストの二木啓孝氏は、現在でもオウム事件には「残された謎が多い」と話す。その真意を聞いた。

* * *
──麻原死刑囚をはじめ、7人の死刑が執行されました。
 死刑を執行すると法務大臣に質問が集中するので、国会開会中に実施されることは少ない。その点では、今日の死刑執行は予想外でした。ただ、今年3月に東京拘置所からオウム事件の死刑囚5人が他の拘置所に移送されていたので、今国会の閉会後に執行されるだろうとは思っていました。国会会期が32日間の延長になったことが会期中の死刑執行に影響したのかもしれません。

──麻原死刑囚含め、7人の死刑が執行されたことでオウム事件は大きな区切りを迎えました。
 死刑が執行されたことで一つの区切りとなりましたが、オウム事件には残された謎が多い。その最たるものが、「本当に麻原が事件を指揮・命令したのか」という点です。麻原は、自身の裁判では一度も被告人尋問を受けることはありませんでした。意味不明なことを口走り、それが「詐病」と認定されていたからです。しかし、麻原が本当に詐病だったかは疑問が残ります。私は井上嘉浩死刑囚の裁判を傍聴していましたが、その時に麻原は意味不明なことを口走りはじめた。その頃から、麻原の言葉で事件の真相が語られることはなくなりました。私の見た印象では、麻原は拘禁反応による精神障害で、本来であれば医療刑務所に一度移送して、治療をしてから裁判すべきでした。裁判は、刑罰を決めるだけではなく、歴史の記録でもあります。裁判所が「詐病」と認定したことで、結果としてオウム事件の真実が明らかにならないまま終わってしまいました。

──オウム事件にはどんな謎が残されているのでしょうか。
 オウム事件は、麻原がすべて指揮・命令して実行されたことになっています。しかし、その実態はよくわかっていません。特に、早川紀代秀、井上嘉浩(ともに6日に死刑執行)、村井秀夫(95年に刺殺)らの教団幹部は、麻原に気に入られようと自分たちで勝手に実行した部分も多かった。

──事件当時、教団の幹部だった上祐史浩氏は記者会見を開き、あらためて被害者にお詫びしました。
 記者会見に参加した記者たちは若い人ばかりだったので、当時のことを知らないから突っ込んだ質問がなかったのが残念でした。彼は、地下鉄サリン事件以降も一貫して「米国の陰謀だ」などと主張して、教団を正当化していました。当時は発言があまりにもひどくて、常に「ああ言えば、こう言う」といった状態でしたから、それを私がテレビ番組で「ああ言えば、上祐」と言ったら世の中に広まりました。それほど、世の中の人は上祐の言っていることに「ひどい」と感じていたということです。被害者にお詫びする前に、そのことを今となってどう考えているのか。そのことを語ってほしかった。

──死刑が執行されたことで、残された信徒から麻原が神格化される可能性も指摘されています。警察も、報復テロなどを警戒しています。
 公安調査庁はオウム真理教主流派の「アレフ」や「ひかりの輪」などに1650人の信徒がいると分析していますが、実際にそれほどの数がいるとは思えません。報復テロをするほどの力はないでしょう。ただ、麻原の神格化は進む可能性はあります。

──オウム事件はこれで終わったのでしょうか。
 今の法律では死刑が最高刑ですから、実行犯たちが処刑されるのは当然のこと。ただ、取材を続けてきた記者の一人としては、麻原にもっと事件の真実を語ってほしかった。その意味では残念な思いもあります。
https://dot.asahi.com/dot/2018070600068.html





『遺体、四女に引き渡し検討=松本元死刑囚が「遺言」―オウム後継と決別・法務省』

死刑が執行されたオウム真理教の元代表松本智津夫元死刑囚(63)の遺体について、法務省が元死刑囚の四女(29)への引き渡しを検討していることが7日、関係者への取材で分かった。執行前、松本元死刑囚が「遺言」を残したという。四女は、教団後継団体との決別を宣言し、松本元死刑囚ら両親と「縁切り」している。松本元死刑囚の刑が執行された6日には、「一度の死刑では足りないほどの罪を重ねたが、彼を知る人間の一人として今はその死を悼みたい」とするコメントを発表した。四女に遺体を引き取る意思があるかどうかは不透明だが、他の親族らは7日、連名で上川陽子法相ら宛ての要求書を提出。「(松本元死刑囚が)特定の人を遺体の引き取り人に指定することはあり得ず、到底納得できない」として、妻(59)に引き渡すよう求めた。法曹関係者によると、執行された死刑囚の遺体は、本人の遺言などによる指定がなければ、配偶者を最優先に引き渡される。仮に四女が引き取りを拒否した場合、妻に引き渡される可能性が高いという。妻は後継団体「Aleph(アレフ)」と関係があるとされ、公安当局は、妻が引き取った場合、元死刑囚の「神格化」が進む恐れがあるとして、警戒を強めている。四女は2017年、代理人の滝本太郎弁護士とともに記者会見し、横浜家裁に松本元死刑囚ら両親を相続人から外すよう申し立て、同年10月に認められたと発表。子どもからの申し立ては異例で、四女は「家族の下を離れ、信仰とも完全に決別している」と話していた。 
https://www.excite.co.jp/News/society_g/20180707/Jiji_20180707X944.html

<コメント>
真相を語って欲しかったです。
posted by Akamaru at 21:45| 大阪 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月04日

東京医科大、倍率16倍超の狭き門 学生「腹立たしい」

『東京医科大、倍率16倍超の狭き門 学生「腹立たしい」』

息子の医大合格の見返りに、国の事業で有利な取り計らいをしたとして、文部科学省科学技術・学術政策前局長の佐野太容疑者(58)らが4日、受託収賄容疑で逮捕された。逮捕の発表を受け、東京都新宿区の住宅街にある東京医科大には大勢の報道関係者が詰めかけた。キャンパスの入り口では大学職員2人が「東京地検による捜査を受けていることは事実であり、厳粛に受け止めております」「近々、記者会見を行う予定です」などというコメントを配った。しかし、質問には答えず、「ここでは何も分かりません」と繰り返した。午後7時20分ごろには職員が「今日は会見はありません」と明らかにした。同大は1916年に設立された医学系大学で、医学科と看護学科がある。大学によると、2018年度の医学科の一般入試は3535人が受験し、214人が合格。倍率は16・5倍だった。文科省によると、医学科を持つ私立大学は全国に31あり、予備校関係者は「東京医科大の難易度は上位に次ぐレベル。国立の難関大の工学部に合格する以上の学力が必要で、『狭き門』だ」と話す。逮捕を受け、同大4年の男子学生(21)は「あり得ないことだ。3浪や4浪して入る人もいて、頑張っている人がほとんどなのに、腹立たしい。事実関係を明らかにしてほしい」と話した。
http://news.livedoor.com/article/detail/14963517/



『東京医大が裏口入学リスト…受験生や親の名前』

文部科学省の私立大学支援事業を巡る汚職事件に絡み、受託収賄容疑で逮捕された同省前局長の佐野太容疑者(58)の息子を不正に合格させたとされる東京医科大学(東京)が、過去に不正合格させた受験生やその親の名前などが書かれた「裏口入学リスト」を作成していたことが関係者の話でわかった。東京地検特捜部は、同大側から複数のリストを入手しており、同大が不正入試を繰り返していたとみて調べている。特捜部の発表などでは、同大の臼井正彦前理事長(77)は、佐野容疑者に同省の私大支援事業の選定に便宜を図ってもらうよう依頼。その見返りとして、鈴木 衛 前学長(69)とともに、今年2月の入試で佐野容疑者の息子の点数を加算して合格させるよう学内で指示したとされる。2人は特捜部の任意の事情聴取にこうした経緯を認めている。
https://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/nation/20180712-567-OYT1T50124.html


<コメント>
エリートの悲哀。国税庁長官が不正をして、文部科学省科学技術・学術政策前局長が裏口入学にかかわる時代。腐敗しない組織は無いのです。
posted by Akamaru at 22:24| 大阪 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
今、話題のゼオライトが入った水素サプリメント